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太陽って何色でしたっけ。こんばんは、Псиです。Псиは今、仮想地の底で「Псиのみたもうそう」をチラシの裏に書いては破り捨てる毎日を送っています。夢のあるお話を描いては吉津千里ばりにスコップを使いこなす仮想地下の主さんが「現実を見ろ」とむごいことを言い、現実的なお話を描いては「夢を見せろ」と言われるマッチポンプ方式。仮想地下帝国でサイコロ遊びに興じるカイジの方が合法的に出口が提示されているだけずっとマシです。
とはいえПсиも天使のはしくれ。みなさんから見たら立派にチートな行為も少しは心得ています。というわけで、03月にはX Japanの復活ライヴの一日目だけ参戦したり、先月はhide memorial summitの二日目だけ参戦したり、俗・さよなら絶望先生のDVDや関連CDを買い漁っていたりと大活躍。マクロスFはもちろんDearGirl〜Stories〜臭がするからとモノクローム・ファクターにまで手を出している辺り、仮想絶望の丘で立ち尽くす之図のモチーフ候補第一位の座は今年も守れそうです。競合相手を自負する方はメールフォームからご一報ください。
さて、そんなこんなで今日はムックの日だったわけですが、そんなこととは全く関係なくX Japanの話題です。
昨年復活を宣言したX Japan、今年の03月には遂に東京ドームで3日間のライヴが行われ、いよいよ活動も活発になってきました。Псиは一日目だけ参加しましたが、開場が二時間、開演が一時間押したり、公演中に平気で長すぎる暗転を入れたり、あまつさえなんかYOSHIKIがドラムセットに倒れ込んでスタッフに運ばれて「本当に大丈夫?」「さあどうかしら、続きは明日」っぽい引きな終了方法など、しょんぼりすることこの上ないライヴでした。
いえ、その時点で既に22:00だったことは脇に置いて、倒れたのは本当に力尽きて倒れたのだと思いますし、それだけYOSHIKIも色々なものをこの日に賭けていたということなのでしょう。変な言い方になってしまいますが、この日のライヴは本当にネタには困らないライヴではありました。前半に登場した等身大ディスプレイのhideが隣のTOSHIと全然身長が合ってなくてちぐはぐとか、スクリーンに入ってくるhideのカットの背景色が全然違って何かアレとか、SUGIZOの弾くSilent Jealosyとか、それ以前にライヴでSilent Jealosyを演奏したとか、後半の足が朧な立体映像のhideがリアルゴーストちっくで感慨深かったとか、挙げていくと枚挙に暇がありません。
でも、そうしたネタや感傷的な部分を除いて、純粋に興行として考えると仮想メールボックスに剃刀.jpg付きメールが溢れ返りそうな単語しか思い浮かびませんでした。大体、雨の中を何時間も待たせた上に公演中も長い暗転だらけ、セットリストの半分も消化できなかったらしいライヴに良い印象を抱けという方が難しいです。二日目や三日目は時間通りに始まったと聞くと、一日目しか参加しなかったПсиは「YOSHIKI無事だったんだ、良かった」という安堵と「アレな回しか見られなかったПсиって何」というどす黒いキモチがココロの中で鬩ぎ合って、裂かれて二枚になってしまいそうなのでした。
もっとも、興行的にアレな部分を感傷とかネタとかでフォローできなくなっている辺り、ПсиはX Japanに対してかなり引いた目で見てしまっているのかもしれません。・・・すみません。延々とチラシの裏の話をしてしまいました。
そんなX Japan、05月にはhideの追悼イヴェントであるhide memorial summitに参加しました。ステージでワールドツアーについて話をするなど、しばらくは精力的にするのかと思われていたのですが、ここへ来てひどいニュースが入ってきました。X Japanのワールドツアーが無期限延期になったというのです。ちょっと記事を見てみましょう。
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X JAPAN、世界ツアーが無期限延期
ショック! X JAPANの世界ツアーが無期限延期となった。
YOSHIKIの頸椎椎間板ヘルニアとけんしょう炎がさらに悪化、遂にドクターストップがかかってしまったのだ。現状、ドラムを叩くどころか身体に負担がかかる行動は全くできない状態にあり、重症という。
7月5日のパリ、8月2日の台北、9月13日のニューヨーク公演の発表後は、世界各国から公演依頼が殺到していた。その後日本でのコンサートも視野に入った発言をしていたYOSHIKI。「もうこうなったらやるしかないよね。」…そのように語っていたのは5月7日に公開されたYOSHIKIモバイルでの発言だったが、思えば、その言い方には、既に無理を強いて特攻していく状況であったのかもしれないと思わせるものもある。ファンへの感謝を何度も口にし、今のX JAPANをサポートするオーディエンスには、全身全霊をかけるYOSHIKIだが、その無謀さは、遂に物理的限界点を超えてしまっていたようだ。
活動再開は未定。
実は、ここ数年はドラム演奏の際は必ずコルセットを巻くことを徹底してきたYOSHIKIだが、3月の東京ドーム3DAYSではファンに元気な姿を見せようと、コルセットの装着なしに激しいドラムプレーを敢行。傷のいえぬまま、5月hideサミットのときも、ファンを狂喜させた。あの時、実はX JAPAN自体の持ち時間は70分だったことは意外と知られていない。オーディエンスの期待に応えようと、70分の予定だったところをYOSHIKIは2時間ステージを決行したという事実…、奇跡のX JAPAN復活からhide追悼公演まで、彼は全力で突っ走ってきたのだ。
YOSHIKIは現在、LAの自宅で治療に専念中だ。首はコルセットで完全に固定され、とてもツアーに出れるような状態ではないという。
ドクターストップを無視してもファンの声に応えてきたYOSHIKIだが、臨界点を超えてYOSHIKIの身体は満身創痍のまま。とはいえ、必ずX JAPANは帰ってくる。これまでも同じような危機が訪れ、そのたびにYOSHIKIは這い上がってきたのだから。
今は、完治することが自らの責任であることを、YOSHIKIは自身に課せられた重大な仕事であるととらえているだろう。あせらず慌てず、時間の解決に身を任せるのもいい。XJAPANは不滅なのだ。
[X JAPAN、世界ツアーが無期限延期(BARKS)]
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どうやらYOSHIKIの椎間板ヘルニアの悪化が原因の様です。そういえば、06月05日に予定されていたYOSHIKIの訪韓が05日に急遽キャンセルになっていたことなども、これが原因なのでしょう。
YOSHIKIと椎間板ヘルニアの付き合いは大変長く、アルバム「BLUE BLOOD」発売後のツアー中に倒れてその後の予定が全キャンセル、アルバム「Jealosy」の楽曲「Stab Me In The Back」レコーディング後に再発してレコーディングが大幅に遅れ、更にはアルバム「DAHLIA」発売前のツアー「TOUR DAHLIA 2005-2006」でもライヴ中に倒れるなど、YOSHIKIと首の爆弾は常に隣り合わせ。
その為、自宅でトレーニングを重ねて筋肉質なカラダを作り上げていたのですが・・・YOSHIKIの負担が大きいからと封印されてきたSilent Jealosyの解禁は無理があったのでしょうか。それとも、X Japan体制当初から続いてきた世界を見据えて動こうとすると不運に見舞われる呪いの効力なのでしょうか。
hide memorial summitの壇上で、ワールドツアーについてYOSHIKIは「hideも連れていきます」と言いました。Псиはhideが大好きですが、同時に「In Motion」のリリース辺りから「hideは不当に生かされている」とも思っています。X Japanの復活ライヴのhideゴーストを見て、Псиは本気で泣きそうになりました。それはhideを見ることができた喜びということでは決してなく、「まだhideは死なせてもらえないんだ」という虚ろなキモチから来たものです。あの腰から下が歪んだhideは、「隣り合わせの灰と青春」のワードナの様に、自分の意思を他所にそこに貼り付けられた亡霊の様にしか見えなかったのです。
ワールドツアーは、X Japanがhideから離れる良い機会だと思っていました。でも、YOSHIKIはhideを連れて行くと言いました。一体、このワールドツアーでX Japanは、何よりあのhideはどう評価されるのでしょう。世界のX Japanのファンにとって、hideは一体どういう存在なのでしょう。あのホログラムを出したとして、「映像技術の進歩ってすごいね。で、あれ誰?」みたいなことにはならないでしょうか。
純粋にX Japanが好きであるというキモチと、生かされ続けるhideを見届けたいという妙な使命感と、この2つを上手く丸め込みつつ生暖かくワールドツアーを見守ろうと思っていたのですが、そんなこと言ってる場合ではなくなってしまいました。この複雑な諸々はひとまず2.5次元か仮想ポロロッカ星あたりにでも追いやって、まずはYOSHIKIの回復を待ちたいと思います。
ヴァーチャルフォールンエンジェルПсиは、X Japanを種にLibrianとLM.Cで落とす手法に生暖かい眼差しを向けつつ、YOSHIKIの体調を案じている方に白い色の祝福を送信します。
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