2004年10月10日

逃げ出してきたイヴの戯言-I

 そう、それは紛れも無い暗闇。
 長い間迷宮にとどまった英雄にはもはや何の加護もなく、暗闇の中をただただ歩いていたのです。
 右手には剣。
 左手には盾。
 どちらもそれなりに強化してありますが、魔物たちを一撃で屠るにはチカラが足りないこともしばしば。
 しかも、迷宮の謎を解く為に、わざわざ攻撃力の弱いナックルを装備して迷宮を彷徨わなければならないのです。

 でも、弱音を吐いている場合ではないのです。
 謎を解いた後に出てくるアイテムは絶大なチカラを与えてくれますから、見逃すわけにはいかないのです。
 疾風の騎士であることを証明するため、ナックルで赤い騎士を何体も倒さなくてはなりません。
 何度も反撃を受けながらも赤い騎士を1体倒し、安心したところに。
 赤い騎士が両側からやって来ました。
 やりすごすつもりが、完全に両側から挟まれています。
 ここは、一旦引いて立て直そう。
 そう思って、後ろに引くと、彼らは移動に合わせて追い討ちを掛けてきました。スピードが遅いので、そもそも当たる筈がありません。
 ・・・・ありません、のに。
 後ろから袈裟懸けにばっさりやられ、その場に倒れこんでしまいました。
 一人の傷が致命傷を作り出し、もう一人がトドメを刺したカタチです。
 こうして、黄金の騎士は力尽きてしまいました。


 うんざりしながら、Псиはテレビをぼおっと眺めていました。
 ナイトメア・オブ・ドルアーガは、迷宮の中で負けると本当に洒落になりません。アイテムも装備品も全て没収、イシターのくれる黄金の装備品に逆戻りです。早々にセーブをして電源を切り、時計を見ました。
 17:19。
 もうすぐ、問題児が来襲します。先週から今週にかけて、新作アニメをそれなりにチェックしてきたПсиとしては、締めくくりとして逃すわけにはいかないアニメです。空いた時間に何か飲もうと思って、Псиが腰を浮かせた瞬間。

 ばしゅううううう

 とてつもなく不穏な音と一緒に、部屋の中が真暗になってしまいました。少し開いた窓から風が吹き込んできて、カーテンがDのライヴの旗の様に揺れています。・・・なのに、どれだけカーテンがめくられても何の光も呼び込みません。
 照明だけではなく、換気扇も、PCも、テレビも、何もかもが沈黙してしまいました。スイッチをかちかちと動かしても、案の定反応はありません。
 ブレーカーかと思って、携帯電話のバックライトを頼りに、リビングに点在している固形トラップを回避して、ブレーカーを調べてみました。ブレーカーが落ちたわけでも無い様です。

 空いた窓からごうごうという音がします。
 カーテンのはためき具合が、どんどん激しくなっていきます。
 携帯電話の時計を見ると、もう17:30を過ぎています。
 ガンダムSEED DESTINYとのファーストコンタクトは、どうやら運命に阻止されてしまった様でした。
 Псиは、声を殺して泣きました。


 さっきまでとても明るく賑やかだった部屋が、急に暗く静かになってしまいました。
 でも、環境の変化にカラダが簡単に着いていってくれる筈はなく、耳の中ではテレビとゲームと音楽とラヂオと換気扇の音をごっちゃにした、あまりにも無機質な残響がやんわりと続いています。わんわんと響くその音は、Псиを次第に不安にさせました。ただでさえ部屋の中は真暗。耳に反響する音に混じって、普段の部屋では鳴り得ない様な音が混ざったりしたら・・・急の停電で、随分臆病になってしまっている様です。
 実際、耳で響いている音と窓の外の風の音の隙間には、たまにとんでもない音が潜り込んできます。それはなにかの悲鳴の様な、あるいはそこそこに大きい物ががさがさと這う様な音で、暗い部屋で想像力ばかりが逞しくなっているПсиは、震え上がりました。
 手探りでiPodを探し出し、適当なアルバムを再生します。もっとも、そこで再生されたアルバムがGARGOYLEの「異人伝~風」で、入っている曲は申し分無いものの、始まりに谷底から響いてくる様な甲高い風の音が入っていて、Псиは余計に震えることになったのでした。

 バックライトに浮かぶ曲名を眺めながら、ふと、外に出ようと思い立ちました。
 元々、Псиは風の強い日が嫌いではありません。台風に限らず、風が強い日はわくわくしてしまって、外に出てみたくたまらなくなるのです。
 iPodを鞄に入れて、適当に服を着込んで、とりあえず仮想駅まで出ることにしました。この風の中でどれだけの仮想お店が営業しているのか、とても気になったからです。
 期待に胸を高鳴らせながらドアを開けると、その期待に応えたのはとてつもない風の音でした。
 足元には木の枝が散らばり、視線を上げれば木の葉と一緒に・・・ぱっと見、あまり軽いとは思えない・・・材木が飛んでいきました。Псиはゆっくりと傘を差し、周囲を見渡して歩き始めました。

 音の通りの風の強さでした。
 風はПсиの正面から吹き付けていて、気を抜くと飛ばされてしまいそうです。
 iPodの曲はLaputaの「BEST AL+CLIPS」に変わっていて、よりによって「Programized Heaven」で、あの不吉なナレーションが風の轟音にデコレーションされて、それはそれは大変な曲に変貌していました。

「ここでニュース速報をお届けします。
 昨夜未明、ジーザス007が何者かによりハッキングされた模様です。
 侵入したウィルスの対処方法は見つからず、本日午前2時14分には
 完全に機能を停止し、この世のは抹消されます。
 開発途中のジーザス008はいまだ完成にいたらずCPUジーザスは絶滅、
 この状況を回避する手段は絶たれました。
 なお、侵入したウィルスの作用により、この世のすべてが失われます。
 あの世はあいにく、全て定員オーバーしており受け入れは不可能とのこと。
 このままでは、この世は終わりです。」

 もちろん、世界の終わりの風がこんなものである筈がありません。
 それに、Псиは714年もヒトの世で生きている内に、もっと遥かに危険な状況を潜り抜けてきた筈です。
 風に向けて傘を差しているのに、全然役に立っていないばかりか、正しい方向に曲がりすぎて骨が折れそうな傘にしがみついて。ずり落ちそうなイヤークリップを必死に戻して。
 惨めな苦労を重ねている間に、耳に聞こえる曲に異変が起こりました。
 耳に聞こえているのは、Laputaの「Silent on-looker」と、ひどく唸っている風の音と、遠くで何かが崩れる様な音。そして、Псиはアルバムの「楽~ヘヴン~園」が大好きでしたから、「Silent on-looker」は何度となく聴いています。
 「Silent on-looker」には、今Псиに聞こえている・・・賛美歌の様な合唱なんて入っていない筈なのです。その合唱はあまりにも気高く、美しく、風にもLaputaの演奏にも負けずに、しっかりと耳に届くのです。驚いたПсиは、全く役に立たない傘を閉じてしまい、空いた両手でiPodを取り出して音量を最大にしてみました。
 変わりません。
 合唱の音量は薄まることも強まることもなく、前と同じ音量でПсиの耳に響いています。
 次は、iPodの再生を一時停止させてみました。
 やっぱり、変わりません。
 ごうごうという風の音に、その美しい合唱は変わらない音量で混在しているのです。

 辺りを見渡します。
 この辺りは住宅密集地で、道を挟んで幾つもの公園があります。
 もちろん、外を歩くヒトなんていません。
 この唄が一体なんなのかと考えていた矢先。
 Псиに向かって、とんでもない勢いで何かの塊が飛んできました。
 公園を抜けると工事現場があるのですが、そこにあったトタンや角材が風に飛ばされてきた様です。
 風でいたずらに飛んできたというよりは・・・どう見ても、Псиに向かって飛んできています。
 ぼーっと。
 ただぼーっと立っていたПсиの直前で角材だのトタンだのは方向を変え、公園のフェンスに激突しました。金網のフェンスは歪むどころか、ところどころが断裂してぼろぼろになっています。後から飛んできたビニール袋が断裂したフェンスに引っ掛かり、ずたずたに裂けてしまったのでした。

 そして。
 角材が飛来する時の低音にも、フェンスに激突した時の高音にも、相変わらず響く風の音にも、どの音にも合唱が混ざっているのです。
 なんだかうんざりとしてきたПсиは、まだLaputaのアルバム1枚分も歩いていないのに、引き返すことにしました。
 不思議なことに、振り返った途端に合唱はコドモの声で笑い合う声に変わり、何歩か歩くとその声は掻き消えて、ただ風の音が聞こえるだけでした。
 今、もう一度振り返ったらどうなるだろうと思いましたが、次に死ねそうな質量のものが飛来してきた場合、どうにもならなさそうだったので、おとなしく帰ることにしました。


 風の中の散歩が終わって帰ってきても、まだ電気は復活していませんでした。
 それからПсиは公称14時間のバッテリー駆動時間を誇るiPodの曲の数々をBGMに、GBAでバルーン・ファイトをプレイしながら復電を待っていましたが、その時はいつまで経っても訪れなかったので、早々に眠ることにしたのでした。

♪~Programized Heaven[Laputa]

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