ヒラリヒラリ と 悲シゲ に 舞ウ 染井吉野 ニ は 成レ   、る。

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 * Type-A *

 山の麓の住宅街を、夜通し走り抜けて。
 日が昇る頃、Псиは閑散とした山の中の町にいた。
 逃げないといけない。もっと遠くに逃げないと、こんな近場じゃ間違いなくあのヒト達の影響下にあるんだから。
 でも、このまま町を抜けて、山の奥に入っても・・・そこには、絶望しか待っていない。
 あのヒト達にとって、ヒトを取り込むよりも、木々や動物達を取り込むスピードの方がずっと早いに決まっているんだから。

 町を横切って、国道の橋がゴール地点。
 もう闇に紛れることはできないから、とてもリスクは高いけれど。そこまで走ることさえできれば、それでПсиの勝ちだ。
 辺りは作り掛けの住宅街といった感じで、大小様々な住宅が充分なスペースを空けて存在している。畑などは無いものの、そうしたスペースには五月蝿いくらいに木が生い茂っていて、その整頓と暴力的自然のギャップがますます「田舎」を感じさせる。
 とにかく、ヒトに見つからない様に。
 とにかく、音を聞かれない様に。
 過剰な木々が生み出す濃密な空気を掻いて、Псиは走り出した。


 この町の中心には、広大な屋敷があって。
 他は普通の住宅だというのに、この屋敷だけは和風の豪邸で、この屋敷を囲う塀は異常な広さを誇っている。屋敷を道が囲み、そして更に一般住宅が囲み・・・馬鹿正直に道を走って町の反対側へ行くのは、あまりにもナンセンス。それでは見つけて下さいと言わんばかりだ。
 ここは、余計なヒトに見つからない様に、そして短縮を狙う意味でも、屋敷の庭を突っ切って反対側まで行くべきだ。幸い、正門側の入り口は開いている。たとえ裏門が開いておらず袋小路になっていたとしても、塀を越えるくらいなら・・・なんとかなるはず。

 きょろきょろと辺りを見渡し、一気に駆け抜ける。
 正門を抜け、屋敷を迂回して庭を走り、樹齢を聴いただけでも震える様な聳え立つ松の木の傍を抜け
 「お待ちなさいな」
 庭の最後の地点、生垣を背にして着物の男性が一人立っていた。
 瀕死のコドモを見る鬼の様な微笑みを顔に貼り付けて。
 そして・・・その、緑色に濁った瞳。
 間違いない。
 完全に手中に嵌っている。助けることなんて出来やしない。
 助走は充分、ここからなら距離も悪くない。
 「うあああああああああ」
 跳んだ。
 ヒトも、生垣も・・・できることなら向こう側の塀さえも飛び越えてしまうイメージで。すべては小さく遠ざかり、既にあの男性の表情すら目視するのは容易でない。
 なのに。
 あんなに小さくなって、もう輪郭もぼやけているというのに。
 Псиには、あの男性がずっと嫌な笑みを浮かべてこちらを見ている様な気がしてならなかった。
 そして、その男が伸ばした手が、Псиの上昇する速度よりも速くПсиに迫っている様に見えて、仕方がなかった。


 「逃げたところで、面倒なだけなのに」
 今日日、こんな縛られ方なんかするもんか。
 白い衣装と仮面のヒーローが現役の頃の、テレビドラマの様に縛られて。Псиは山の中腹の洞窟の中を歩かされていた。前を歩くのは、笑顔の嫌なあの男、後ろには簡単な羽織物を着た男性が2人。片方はПсиを拘束するものの端を掴み、もう片方は何歩か毎にПсиを蹴り飛ばしては笑っている。
 睨み付けると、帰ってくる視線の元は・・・やっぱり濁った緑。
 何を言っても無駄。
 俯いたПсиは、ただ蹴られながら勝機を図る事にした。

 「ほら、そこの空きにでも入っていて下さい」
 突如、崖の上から放り投げられた。
 突然の浮遊感にココロを凍らせていると・・・ヒトがたくさん詰められた、桶の様なものが見えた。彼らはПсиの姿を認めた途端、受け止めようと手を伸ばしてくる。その瞳の色は緑色の濁りがなく、Псиも少しは安心することができた。もっとも、安心しようがしていまいが、そんな体制でできることなんて限られているけれど。

「さて。人数も揃いました」
 Псиの縄が解かれたのを見て、男が言った。
「感謝なさい。あなた方は、今から「ごぅずすゃな」の血となり、肉となるのです」
「血と肉!?俺達をどうするつもりだ!!」
 Псиの隣にいた男性が叫ぶ。その瞳に滾る熱い視線を涼しく受け止めて、離れた場所で笑う男は言った。
「どうする・・・か。どうにもしない、が正解かな」
 男の後ろに従っていた二人が、どこかへ行ってしまう。
「「ごぅずすゃな」も主も、阿鼻叫喚というものを殊の外好いておられる」
 物騒なコトバに息を呑むと。
 男は片手を挙げて、一際高らかに叫んだ。
「ごきげんよう、諸君」
 轟音と共に、何かが降ってきた。自分達が立っているこの場所の番い、蓋の様に被さる天井のパーツ・・・それは、私たちを踏み潰してしまう前に止まってしまった。

 どうやら・・・Псиたちは生き埋めにされた様だ。
 泣こうが叫ぼうが、この場所にいる者のココロを抉るのみだ。そして・・・チカラ尽きたものは「ごぅずすゃな」だかの糧となってしまうのだろう。いや、この場所で泣き崩れている時点で、その慟哭の声こそが「ごぅずすゃな」の糧なのか。
 閉じてしまったПсиの未来と同様、Псиの意識もゆっくりと影が広がり・・・消滅した。


 * Type-B *

 「だいじょうぶ?」
 ええ、なんとか。
 いけない。コドモたちを元気付けなければいけないというのに、Псиは何を沈んでいるんだ。
 Псиたちは、この町から抜け出さなければならない。
 一人でも欠けてしまえば、あるいは・・一人でも濁った目になってしまったら、その時点でПсиたちはおしまい。一人でも欠けられないというプレッシャーは、そのままПсиたちの移動スピードにも影響を与え、まだ町を抜けきっていないのに夜闇は晴れてしまったのである。

 国道まではもう少し。この狭い林さえ抜けてしまえば、橋は目前。
「ねえ・・・本当に、町さえ抜ければ大丈夫なのかな」
 なにが?
「どこへいっても、おなじようなことになってるんじゃないのかな」
 その可能性も無くは無い。
 でも、この得体の知れない土地と、橋の向こうなら、少なくともПсиにとっての条件が大きく変わる。
 この場所にいたら、ただ消耗していくだけだ。あのどろどろの目をした変なのに捕まらない様に、小さくなって過ごすしかない。いつ終わるのかも判らずに、延々と隠れて過ごさなければいけない。
 だけど、橋さえ越えれば・・・Псиには様々なものが手に入る。
 チカラ。
 情報。
 防壁。
 何かを壊滅させることはできなくても、身を守るための諸々はなんとかなる。
「ねえ、もうおひるになっちゃうよ」
 そうですね。そろそろ行きましょうか。
 この森は、Псиたちを阻む最後の壁。Псиたちを追いかけるヒトたちも、そんなことは当然判っている筈で・・・ここが正念場。
 Псиはコドモたちの手を取り、走り始めた。枝々が冷たい夢を囁き合う、あの森の中へ。

「どこへ逃げても無駄だというのに」
 その声を聴くと、姿なんか見えないのに嫌な笑顔が頭に浮かんでくる。爛れた様な笑顔。ヒトとしての意思なんかぐずぐずに煮溶かしてしまったかの様な、虚ろな笑顔。そして、瞳は緑色。
 生理的嫌悪か、それとも・・・ヒトの柵を作ってしまったПсиの何かに触れるのか、その笑顔を思い出すと吐き気が止まらない。速度を増す。繋いだ手を強く握って、ずっとずっと速く走る。
「無駄ですってば」
 ごううん
 何かの音がする。不定期に響く金属的なその音は、Псиのココロを振るわせる。何かの爆発の様なそれは・・・
「てっぽうだ、てっぽうだよ!!」
 叫ぶコドモの手を握る。気が付けば、弾丸はПсиの周囲の木に当たり、場合によっては跳弾してПсиの目を潰そうと疾走する。
 一発。二発。三発。
 容赦無く跳んでくる弾丸の軌跡と、木を避ける動きの整合性が取れず、ついにПсиは転んでしまった。コドモたちの手を上に振り上げ、転がるПсиが抱きとめる。
「ほら、止まってしまった」
 笑顔。
 吐き気。
 走る術。
 逃げる術。
 幾つもの渦巻きが、Псиの頭で暴れている。
 そんなПсиの顔に影が落ちた。
 コドモたちだ。Псиが手を引いていたコドモたち。
 この絶望的状況を打破する種。
 大丈夫、と微笑を浮かべようとしたところへ・・・その子たちの、瞳が、
 緑色なことに気が付いた。
 水に溶かす前の絵の具を、そのまま目に塗りたくったかの様なその目に。
 射抜かれる。

 いや、これは幻覚だ。
 この子たちが簡単に目を犯される筈が無い。
 そんなことを考えている間に、コドモ達はそこらの地面から大きな石を拾い上げて。
 殺す気で、Псиの頭に打ち下ろした。
 ・・・そうか。緑色に犯されたのではなくとも、幻覚がこの子たちを蝕んだのなら。
 Псиは大丈夫、と伝えようと微笑んで。
 ふと、Псиもあの嫌な笑顔を浮かべている様な気がした。


 皆様の初夢は如何だったでしょうか。
 Псиの夢はこんなのがあと2つ並ぶ様な、それはそれは縁起の良いものでした。凹んだПсиは、もう一度眠ってしまおうと思います。

 皆様の一年が、幸多きものでありますように。

♪~OBSCURE[Dir en grey]

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このページは、Псиが2005年1月 2日 19:29に書いたブログ記事です。

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