目の前の「死」は悲劇のシネマだろ?

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 暗い道をとぼとぼと歩いていました。
 灯りのまるでない田舎道は、一昨日降り止んだはずの雨の影響でぐずぐずに溶けています。舗装なんかされていませんから、階段状の道を歩く時などは特に滑りやすく、気を抜くと真暗なフィールドでより真黒くなった、惨めなものとしてそこらを歩くことになりそうです。
 踏みしめる足を飲み込もうとする、とても行儀の悪い道をやりすごすくらいには気を掛けながら、自分の行く末のことを考えていました。国道の裏に潜んだ田舎の風景はあまりにも典型的なもので、乱れ咲く緑の中に一本の道が走り、その片側には畑が広がる・・・「田舎」という表現はあまりにも正確です。
 自然のカタマリであるこの道は、朝や昼はかなり牧歌的な雰囲気を醸し出している反面、夜は容赦なくヒトを飲み込もうと仕掛けてきます。こうして土は足を飲み込み、木々は不意にカラダに触れて怖がらせ、そして空気はかすかな音を立てるのをやめてしまい、その癖ヒトが立てた音は何倍にも増して辺りに伝えるのです。
 雨はとうに止んだというのに、今も道にぬかるみを作り、夜露というには湿りすぎた枝を震わせ、誘う様に空気の中に湿り気の流れを生み出しているのは・・・きっと、Псиを飲み込んでしまうつもりにちがいありません。砂漠の映像を間抜けな旅人の頭に刷り込みながら、水の匂いで誘き出す様なものです。
 でも。それらは自然の摂理に違いなく、Псиには邪魔立てすることはできません。もちろん、何のどの部分がこの怪しい作用を司っているのかは判っていますが、それを壊したり妨害したりすることは、誰にとっても「正しくない」ことです。Псиはただ黙々と、舗装路に向かって歩を進めていました。

 それからある程度歩くと、不意に道が固くなりました。
 固めた土の感触ではなく、明らかにヒトの手が入ったもの特有の感触。ようやく舗装路に入ることができました。もう少し歩けば住宅街に入りますから、あの冷たく青白い灯りが辺りを覆いますから、「夜」の作用がはたらかなくなるはずです。とぼとぼと歩いていると、進行方向から道に沿って白い光が進んできます。最初は俯き加減だったその光は、急にチカラを強め、暗闇に揺蕩うПсиの目を射抜いたのでした。
 車が突進してきました。左手は森、そして右手は見通しの良い畑であることを再確認して、Псиは左手を伸ばして適当な木につかまり、反動をつけて森の中へ潜ります。あの車がなんだってこんな田舎道でこんなスピードを出しているのか判りませんが、ここで待っていればすぐにやりすごせるでしょう。万が一おかしな方が運転しているのであっても、森の中に車で突っ込んでくる筈はありません。案の定、車はそのままの速度で過ぎていきました。
 森から出て、服に付いた葉っぱを払います。おろしたばかりの面倒なブーツも汚れていることが判ってしょんぼりしていると、後ろから何か聞こえてきました。振り返ると、先程と同じ色と強さの光が、Псиを捉えて離しません。

「え・・っと」

 もう一度森に入ります。先程と同様、ひどい勢いで車は駆け抜けていきました。
 2度も同じことが続いたので、不安になってそのまま様子を伺っていると。急ブレーキの音。アクセルをこまめに踏む音。ぎゅるるるる、ぎゅるるるる。光が一定のルーチンに従って、あらぬ方を照らしています。
 もうちょっとよく見ると、この場所よりも民家群に寄ったところにちょっとした空き地があるのですが、件の車はそこで方向転換を行っている様なのです。方向転換。どこへ?たぶん、もう一度。
 車は、Псиが森に飛び込んだ辺りを行ったり来たりしていました。間隔は徐々に短くなり、かなり強引な方向転換を行っています。ついには窓から身を乗り出して、なにやら叫び始めたのです。殆ど灯りが無いので顔はわかりませんでしたが・・・これが、夜に飲まれたヒトの末路なんだと実感したのでした。

♪~in media[deadman]

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このページは、Псиが2005年4月14日 22:58に書いたブログ記事です。

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